二十五年近く前の話ですが。
この時、私は分娩台の上でした。勝手知ったる二度目の出産は至ってスムーズで、産まれたての息子は別室で産湯を使わせてもらっていました。
二人の先生は手持ち無沙汰な様子で、壁際に寄って世間話を始めました。
室温が低い分娩室で薄い病院着を臍の上までめくり上げ丸出しの大股開きの私は、出産の昂ぶりから醒めてきました。
「先生、寒いんですけど」
「ああ、ごめんごめん」
見た処どちらも三十になるかならぬかというの二人の先生は、優し気な微笑と共に処置用のライトを点け、私の股間に当てました。また壁際に戻り、今度はスキーに行く算段を始めます。
上の子のお産もこの大学病院でした。その時は男女取り混ぜ八人の学生が足許に並び、真打のように白髪のお爺さん先生が登場しました。
「生徒たちに見学させてやってください」
四十八時間の狂乱の陣痛の果てに、既に否やはありえません。
学生の一人は休んだ子のためだと言ってビデオを撮りだしました。
すっぴんだから嫌、局部だけから大丈夫という常軌を逸した会話の末に長男が無事産まれると、学生たちは拍手と口笛で祝福してくれました。モニターの音と相俟って、外で聞くとカラオケボックスのようだったそうです。
先生方の行く先は、苗場に決まったようでした。
ライトのお陰で確かに寒くはなくなりましたが、首を擡げて眺めると、白く眩しく、これではスポットライトでした。
「先生、これはないと思うんですが」
「ああ、ごめんごめん」
やはり優し気な微笑と共にやっと腰にタオルを掛けてくれたのでした。
