この店の名物『富士山盛り』。５人前のそばが、大盛りと同じ値段で食べられる太っ腹なメニューだ。しかし、リーズナブルで優しいお値段とは裏腹に、この無慈悲な頂きは、幾多のクライマーの挑戦をことごとくはね除け、絶望の淵へと蹴落としてきたことを、私は知っている。
そう、私もその頂きに挑み続けているクライマーの一人だからだ。まだ結婚前、お母さんとの初お蕎麦デート。無酸素で一気に８合目まで駆け上がり、その頂きを眼前に捉えたが、敢えなく惨敗。店を出た後、30分動けなくなった話は語り草だ。だから初来店の君が、富士山を選んだ時、転ばぬ先の杖で止めてしまった。あまりにも若すぎる。無理だ。無謀すぎる。それでも、君は選んだ。
「富士山盛りのお客さま～」
誇らしげに『私です』とばかりに手を挙げ、標高3776mと対峙した時の君の顔を見た時、私は間違いに気付いたんだ。もう親からとっくに離れ、一人で立ち向かえるほど成長していたんだね。その表情は希望と挑戦に満ち溢れた一人のクライマーの顔だった。
もう君は、アルパインスタイル。孤高のクライマー。父として、クライマーとして、誇りに思うよ。弟よ、兄の勇姿をその小さな瞳にしっかりと焼き付けるんだ。ありがとう富士山。ありがとうMy son。
 
~30分後~
いや、だから言ったじゃん。途中で天ぷらをはさんじゃダメなんだって。いやいや、そんな顔で見られても。だから、無理だって言ったじゃん。また、来ような！